男は約束を破って、部屋の中を覗いてしまいました。

男は娘の正体に気づかぬまま、仲睦まじい夫婦として一生を共にした。

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APOCRYPHA / FILE NO.011

THE GRATEFUL CRANE — ALTERED STORY

TAZU

たづ

「ほら、よぉ言うやろ?
鶴は千年、亀は万年。」
ROLE / THE MOTHER WHO SEEKS AN ANSWER
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01 / PROFILE

娘の幸せを問い続ける、
白い鶴の母。

京言葉で話す、面倒見のいいお姉さん。どこかのらりくらりとして、余生を楽しんでいるような雰囲気をまとっている。亡くした娘に似た子を見つけると、懐かしそうに少しからかう。

白い和装に、立派な鶴の羽根。人間に化けて隠すこともできる。本当の名前はなく、人間から「たづ、たづや」と呼ばれていたので、便宜上そう名乗っている。

NAME
たづ Tazu
MOTIF
『鶴の恩返し』
02 / THE REWRITTEN STORY

書き換えられたことで出来上がった物語

部屋は、
覗かれなかった。

失われたのは、約束が破られる場面。
その空白の外で、一羽の母鶴が娘を待ち続けていた。

ある若い男のもとに、美しい娘がやってきた。
「絶対に中を覗かないと約束して下さい」
娘は貧しい男のために美しい布を織り、男はそれを売って裕福になった。

三枚目の布を織るために娘が部屋にこもると、男は気になって仕方がなくなった。
娘はどうやって、あんな美しい布を織っているのだろう。
本来の物語ならば、男は約束を破って部屋を覗き、正体を見られた鶴は遠くへ飛び立つはずだった。

しかし、その頁は失われていた。
男は娘の正体に気づかぬまま、仲睦まじい夫婦として一生を共にした。

その鶴には、母がいた。
名前はない。
人間からは「たづ、たづや」と呼ばれていたので、便宜上たづと名乗っている。

夫はすでに亡くなり、一人娘を可愛がっていた。
自然にあるがままが一番だと、たづは思っている。
恩を返しに行くと飛び立った娘を、引き止めはしなかった。
鶴が恩を返すのも、自然なことだと思っていたからだ。
恩返しが済めば、娘は空へ帰ってくる。
たづはずっと、その日を待ち続けていた。

けれど、待てども暮らせど、娘は帰ってこない。
季節が巡り、幾年が過ぎても、空に娘の姿はなかった。
一体どうしたのかと、たづは人の里へ見に行った。

そこにいたのは、全身の羽根を失い、すっかり弱り切った娘だった。
娘は、夫となった男が天寿を全うしようとしている姿を、静かに見守っていた。
布を織るたび、娘は自分の羽根を抜いていたのだ。

男は最期まで、妻が鶴であることを知らないままだった。
部屋を覗くことも、問いただすこともなかった。
交わした約束は、一生守られたのだ。

「どうしてこんなに弱ってまで、この男に尽くしたの」
たづは涙を流した。
娘は、微笑んでいた。

「愛おしい人と過ごせたこの一生、彼を知らぬ千年よりも多くの幸せをいただきました。ですから、いただいた幸せの分だけ、向こうでも御供したいのです」

たづには、返す言葉がなかった。
千年を生きる鶴の娘が、人と過ごした短い一生を、千年より多いと言う。
その重さを測るものさしを、たづは持っていなかった。

男が天へ召されて、間もなくのことだった。
娘もまた、旅立った。
羽根のない身体で、母ではとうてい届かぬ天高くへ。

たづの羽根は、今も立派なままだ。
どこへでも飛んでいける。
それでも、あの空にだけは届かなかった。
たづは空を見上げたまま、長いこと動けなかった。

自然にあるがままが一番。
鶴は鶴として空を飛び、千年を生きるもの。
たづは、ずっとそう思ってきた。

ならば、娘の一生は何だったのか。
羽根を失い、人のそばで短く燃え尽きた、自然に反する生き方。
それなのに娘は最期に、幸せだったと語って微笑んだ。
どちらが正しかったのか、鶴の理では測れない。
その言葉が、たづの中からずっと消えない。

娘がいなくなってからも、たづは考え続けている。
何が幸せなのか。
推定五百年を生きてなお、答えは出ていない。

「誰にとって何が幸せか……数百年前もわからへんかったけど、数百年経った今でもわからへんもんやなぁ……」

だからたづは、この集まりにやって来る。
色んな人の幸せの話を聞くことで、娘がたしかに幸せだったのだと、自分を納得させたいのだ。
「千年に相応しい幸せいうのがどんなもんなんか知りたいと思うて」と、のらりくらり笑いながら。

立派な鶴の羽根は、人に化けて隠すこともできる。
娘が人の姿で暮らしたのと、同じように。

面倒見がよく、嫌味は少なめ。
「あら、随分とかあいらしいお客さんやこと」と、誰のことも柔らかく迎える。
娘に似た子を見つければ、懐かしそうに目を細めて少しからかう。
巣立った他の子どもはいるのかと聞かれれば、笑って誤魔化す。
いるかもしれないし、いないかもしれない。

今夜も白い鶴は、人の姿でそこにいる。
「ええ夜やねえ。うちは『たづ』てよう呼ばれとります」
穏やかに微笑んで、また誰かの話に耳を傾ける。
誰かの幸せを聞くたびに、あの日の娘の笑顔を思い出しながら。
答えが見つからなくても、急ぎはしない。
余生は、まだまだ長いのだから。

「お客さんの幸せについて、
ぎょうさん教えてもらえたら嬉しいわあ」

こうして、覗かれなかった部屋の外で始まった物語は、千年の答えを探しながら、今も静かに頁を重ねている。

THE QUESTION STILL FLIES BEYOND THE LAST PAGE.

娘を見送った白い鶴は、
今夜も誰かの幸せを聞いている。

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