昔々、あるところに、赤い頭巾を被った少年がいた。
少年は祖母の家へお見舞いに行くため、食べ物を詰めたバスケットを手に、森へと向かった。
しかし、その道中で一匹の狼と出会う。
狼は少年を騙し、先回りして祖母の家へ向かった。
そして祖母を飲み込み、少年を待ち構えた。
何も知らずに祖母の家を訪れた少年は、狼に襲われ、食われてしまった。
本来の物語ならば、ここで猟師が現れるはずだった。
狼の腹を開き、赤ずきんと祖母を救い出す。
そして物語は、めでたし、めでたしで終わる。
しかし、その頁から「そこへ猟師がやってきました」という一文が失われていた。
暗い狼の腹の中。
少年は、誰かが助けに来てくれると信じていた。
声を上げた。助けを求めた。何度も、何度も。
しかし、誰も来なかった。
時間が経つにつれ、少年は理解した。
このままでは、自分はここで死ぬ。
怖かった。苦しかった。誰かに救ってほしかった。
神にさえも頼った。
だが、誰も来なかった。
そして、少年は決めた。
誰も助けに来ないのなら、自分で出るしかない。
少年は狼の腹の内側に爪を立てた。
何度も、何度も引き裂こうとした。
それでも出口は開かない。
ならばと、今度は自らの歯を立てた。
噛みつき、引きちぎり、指を突き立てた。
必死だった。生きたかった。
ただ、もう一度、外の世界に出たかった。
そしてついに、狼の腹を内側から引き裂いた。
血に濡れた赤い頭巾を纏い、少年は狼の腹から這い出した。
狼は倒れ、やがて動かなくなった。
猟師は来なかった。
赤ずきんは、自分自身の手で狼を殺したのだ。
だが、少年の物語はそこで終わらなかった。
少年は考えた。
なぜ、自分は食われなければならなかったのか。
なぜ、誰も助けに来なかったのか。
なぜ、自分がこんな目に遭わなければならなかったのか。
そして、一つの答えにたどり着いた。
狼がいるからだ。
狼さえいなければ、自分は食われなかった。
狼さえいなければ、誰かに救いを求める必要もなかった。
狼さえいなければ、祖母だって。
少年は大きな斧を手にした。
今度は食われるためではない。
食う側を、狩るために。
少年は森の奥へと向かった。
そこには、狼たちの集落があった。
自分を食った狼以外にも、狼はいた。
まだ誰も食っていない狼もいた。
それでも少年は、斧を振るった。
一匹、また一匹。すべての狼を殺した。
これから誰かを食うかもしれない。
これから誰かの助けを求める声を、踏みにじるかもしれない。
そんな可能性すら、残したくなかった。
そして、狼たちがいなくなった森で、少年は笑った。
「ははっ!
これで、もう誰も食われねぇな!」
しかし、獣は狼だけではなかった。
森の外にも、人を襲う獣はいる。
人を食う怪物がいる。
誰かの物語を終わらせる存在がいる。
ならば、すべて殺せばいい。
誰かが救いを求める前に。
誰かが食われてしまう前に。
自分と同じような赤ずきんを、二度と生み出さないために。
そうして少年は、大きな斧を携え、獣を狩り続けるようになった。
やがて、狩りは彼の日常になった。
獣を見つければ笑い、強い相手に出会えば喜び、斧を振るうことに高揚を覚えるようになった。
かつて狼の腹の中で泣き叫んでいた少年は、もうどこにもいない。
いや、いなくなったことにしたかった。
彼が今も赤い頭巾を被り続けているのは、あの日のことを忘れないためだ。
狼に食われた恐怖。
腹の中で助けを求め続けた時間。
そして、最後まで誰も来なかったという事実。
それを忘れてしまえば、自分は再び、ただ助けを待つだけの赤ずきんに戻ってしまう気がした。
だから、頭巾を脱がない。
だから、斧を手放さない。
だから、獣を殺し続ける。
「俺が俺であるために、獣を殺す。」
最初は、誰かを守るためだった。
自分のような人間を、もう生み出さないためだった。
だが、今はどうだろう。
誰かを守るために獣を殺しているのか。
それとも、獣を殺し続けるために、誰かを守るという理由が必要なのか。
その答えを、少年自身も知らない。
いや、知ろうともしていないのかもしれない。
ただ一つ、確かなことがある。
彼はもう、狩りをやめられない。
獣を殺さなくなったとき、自分が何者なのか分からなくなってしまうから。
今日も赤い頭巾の少年は、大きな斧を担ぎ、笑いながら森を歩く。
その先にどんな獣が待っていようと、彼が足を止めることはない。
かつて救いを待っていた赤ずきんは、もういない。
そこにいるのは、獣を狩り続ける一人の少年。
「ははっ!
さぁ、次はどいつだ?」
こうして、誰にも救われなかった赤ずきんの物語は、今もなお血に染まった頁を増やし続けている。