ネバーランドの海賊船で、最後の戦いが続いていました。
フックはもう望みを失って戦っていました。
その激しい心は、生きながらえることを求めていません。
ただ最後に一つだけ、ピーターが礼儀に欠けたふるまいをするのを見ることを望んでいました。
フックは火薬庫に駆け込み、火をつけて叫びました。
「二分したら、この船はこっぱみじんだ」
本来の物語ならば、ピーターは砲弾をかかえて出てくると、落ち着き払って海に投げ捨てるはずでした。
しかし、その頁は書き換えられていました。
慌てたピーターは、フックを乱暴に蹴り飛ばしたのです。
「はは。ははは。そうだ、そうだったのだ。やはりパンは傲岸不遜な小僧だ。悪魔なのだ」
海へと落ちるわずか数秒の間、フックは勝ち誇りました。
そして、今までどうしてピーターに恐れを感じていたのかと、自分を恥じました。
望みは、たしかに叶ったのです。
冷たい海の中で、熱くなっていた思考が急激に冷えていきました。
目の前には、落ちてきたフックを食べようと迫りくる、あのワニの姿。
カチ、コチ、と腹の中の時計を鳴らし続け、長年彼を怯えさせてきたワニです。
今までで一番冴えわたっているフックの頭には、その姿が非常に遅く見えました。
フックは冷静に、剣をワニの口の中へ差し込み、捩じりました。
痛みに暴れるワニの口から、勢い余って懐中時計が飛び出します。
フックはそれを受け取り、ワニにとどめを刺しました。
その後、フックは船へと這い上がり、ピーターパンを追い払って、船についた火を止めました。
ピーターは、フックよりもウェンディや子どもたちを優先して、その場を離れました。
フックも追おうとはせず、引き上げました。
もう、どこからも時計の音は追いかけてきません。
あの音は今、彼自身の懐で鳴っています。
こうして、本来ならそこで終わるはずだった船長の物語は、続きを持つことになりました。
恐れていたワニを打ち倒し、フックはさらなる自信を身につけました。
取り返した懐中時計は、その証として今も身につけています。
結局は俺の思うとおりに事が運んだ。やはり俺は正しい存在だ。
今や俺は黒ひげをも上回る。
もともとはあいつの船に乗っていたが、今度は俺が黒ひげを水夫にしてやる。
過剰ともいえる自信とともに、彼は海賊として大きく成長を遂げました。
そしてフックは、あることに気づきました。
敗因は、手下が間抜けなことと、数で負けていたこと。
戦いは数なのだ、と。
自分をここまで追い詰めたピーターパンを、手下にすることが出来れば。
今度こそ、自分に怖いものはなくなる。
倒すために追いかけていた相手を、今度は手下にするために追いかけ始めたのです。
それからのフックは、目に付く者へ片端から声をかけています。
断ろうと断るまいと、彼の中ではすでに手下です。
「おい、そこのお前。俺の飯を持ってこい」
初対面の相手にも、平然と命令します。
けれど、使い捨ててばかりでは数は増えません。
曲がりなりにも子どもたちと協力していたピーターの姿を思えば、少しばかりの面倒見の良さも出てくるようになりました。
「俺様の目的は、世界一の大海賊になること」
長い時間が過ぎ、ネバーランドに流れ着く物も近代化しました。
右腕は精度の高い義手に。
リボルバーだけでなくオートマチックハンドガンを持ち、葉巻だけでなく紙タバコも吸います。
高圧的な態度の奥に、ごくまれに紳士的な一面がのぞきます。
約束したことは絶対に守り、時折、善性のようなものさえ垣間見せます。
傲岸不遜なのに、どこか憎めない。
それが、生き延びたフック船長という男でした。
ピーターパンの名を耳にすれば、途端に地の乱暴さが顔を出します。
けれど、すぐに咳払いをひとつ。
「ああ、失礼お客人。少々興奮してしまったようだ」
基本的には、それで取り直せるのです。
「ふははは! よろこべ! この俺様が来たのだ! どうだかっこいいだろうかっこいいだろう!」
声も出ないのは感動しているからだと、彼は疑いません。
今夜も船長は、堂々と読者の前へ現れます。
「よくぞきた読者諸君。君たちは実に光栄だ。なにせ、このフック船長の物語を読むことが出来るのだから」
懐中時計を鳴らしながら、彼は誰にでも同じことを尋ねます。
貴様の目的にも協力してやろう、と付け加えて。
「貴様も俺様の、
仲間にならないか?」
こうして、海に消えるはずだった船長の物語は、今も手下を増やしながら、世界一の海賊への航路を進み続けている。