粉挽き男は、息子三人を残して死んでしまった。
遺したのは風車小屋、ロバ、そして一匹の猫。
末の息子は、猫をもらった。
本来の物語ならば、末の息子は「猫なんかでは、食べてそれで終わりだ」とガッカリする。
猫は長靴と大きな袋を頼み、機転を利かせて、主人を幸せへと導いていくはずだった。
しかし、その頁は書き換えられていた。
「主人がこんなもので申し訳ないね…」末の息子は、病を患っていた。
猫は、フランスの田舎で生まれた長毛の白猫だった。
粉ひき小屋のネズミ捕りのために、粉挽き男が拾ってきた猫である。
末の息子は、その猫を可愛がっていた。
猫のほうも、人からの愛情には絆されがちだった。
痩せていく手に撫でられるたび、この人のために何かをしてやりたいと思った。
一番目と二番目の息子は、自分たちで働き稼ぐことで精一杯。
末の息子にはどうすることもできず、このままでは死を待つのみだった。
そこで猫は、末の息子のために狩りに出た。
兎を捕り、鳥を捕り、せっせと持ち帰っては、その暮らしを支えた。
長靴も、大きな袋も、頼みはしなかった。
病の主人の生活は、一匹の猫の働きで成り立つようになった。
猫はそれを、当たり前のこととしてやり続けた。
その様子を見た兄たちは、面白くなかった。
働きもしない末の息子が、自分たちよりも良い生活をしている。
妬ましく思った二人は、末の息子から猫を取り上げようとした。
その猫は父が遺したものだ、俺たちにも権利がある。
兄たちはそう言い立て、村の者たちまで巻き込んでいった。
争いは兄弟の中から、村の中へと広がった。
あの猫さえいれば。あの猫を手に入れれば。
誰もが、猫を欲しがり始めた。
猫は、その争いを見ていた。
自分で動ける体を持っているのに。
既に良いものを与えられているのに。
何も成そうとせず、奪い合うばかりの人間たち。
病の主人を案じる者は、誰ひとりいなかった。
猫は人間に失望し、そして、哀れんだ。
そのとき、猫はひとつの答えにたどり着いた。
みんなが猫を欲しがっている。
みんなが猫に幸せを期待している。
「そう…そうか、みんなが僕を必要としているなら! 僕がみんなを幸せにするよ!」
「だから、僕の言うことを絶対聞いてね?
そうでなければ、君たちはみんなみーんな、みじん切りなんだから♪」
そして猫は、地位と富を求めて、みんなを幸せにするための旅を始めた。
猫は人食い鬼を倒し、その功績で国のシュバリエに任命された。
猫でありながら、騎士である。
力で勝ったのではない。言葉巧みに鬼をおだて、油断させて仕留めたのだ。
カミーユという名の白猫は、力よりも頭を使って、ここまで上り詰めた。
なんでも王様に献上し、さらに地位を上げるために奮闘している。
見た目は十八ほどの青年だが、生まれてからはまだ三年ほど。
自分でも性別はよく分からず、多分オスだと思っている。
何かを持っている人には、とことん下手に出る。
「やあやぁ♪ 今日はあなた様の為に贈り物をご用意したのですっ!」
女の子には「美しいね! かわいいね! お姫様みたい!」と、フランスの男らしく優しい。
けれど、労働者や平民には、良いものを持っていないか確かめるだけだ。
「これはお前の物〜? ふーん」
そして取り上げた品を、別の誰かへの贈り物として差し出していく。
「これ、あの方が来たら『カミーユ様から頂いたものです!』って言っておいてよ!」
すべては、みんなの幸せのために。
自分のおかげで、みんなが幸せになれる。
実際に、そうみんなに期待されている。
だから、自分の言うことは絶対に聞くべきだ。
カミーユは、それを少しも疑っていない。
断る者がいれば、心から不思議そうに首をかしげる。
どうして幸せになりたくないの、と。
今日も笑顔で帽子を押さえ、次の献上品を探して歩いていく。
「でないとお前のこと、
細切れにしちゃうからね〜」
こうして、長靴を頼まなかった猫の物語は、みんなの幸せという名のもとに、今も頁を切り刻みながら進んでいる。