人魚姫は、美しい声と引き換えに、人間の足を手に入れた。

魔女が奪ったのは、声ではなく身体の自由だった。

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APOCRYPHA / FILE NO.008

THE LITTLE MERMAID — ALTERED STORY

ABUKU

あぶく

「わたくしには、まだ
やりたいことがたくさんありますの」
ROLE / THE YOUNGEST SISTER WHO WAS NEVER WRITTEN
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01 / PROFILE

滅んだ王国に残された、
人魚の末の妹。

純粋で元気、いつもニコニコしている。お話をしたり聞いたりすることが大好きで、地上の世界と、そこに生きる「お人間さん」に興味が尽きない。

胸のロケットは、家族の写真が入るはずだったもの。中身は空のまま、忘れたくない一心で身につけ続けている。頭のかざりは「海月さんに似ていて可愛いですわ!」とお気に入り。

NAME
あぶく Abuku
MOTIF
『人魚姫』
02 / THE REWRITTEN STORY

書き換えられたことで出来上がった物語

奪われたのは、
声ではなかった。

書き換えられたのは、魔女との取引の条件。
そして物語には、いるはずのない妹がいた。

本来の物語で、人魚姫は魔女に願い、美しい声と引き換えに人間の足を手に入れる。
王子に恋をして、けれど結ばれることなく、海の泡となって消えていく。
それが、誰もが知る結末だった。

しかし、その頁は書き換えられていた。
魔女が求めたのは声ではなく、身体の自由だった。

そして人魚姫には、存在しなかったはずの妹がいた。
名前は、あぶく。

海の底の王国に、歌の好きな七人の姉妹がいた。
まじめで完璧な一番上の姉。
自由を好む二番目。空気を読むのが得意な三番目。
やんちゃな四番目に、うっかりやの五番目。
優しいけれど猪突猛進な六番目が、人魚姫だった。

末っ子のあぶくは、いつもニコニコしていた。
人魚の掟では、成人すれば地上の世界を見に行くことが許される。
その日から彼女は、時間があれば海面まで遊びに行くようになった。

ある日、魔女は人魚姫に取引を持ちかけた。
すべての人魚が、人間になる力を得る魔法。
そして、人間の王子様との幸せな暮らし。
その代わり、人魚姫は意識だけの存在になってしまう。
自分の身体ひとつで、みんなが自由に地上へ行けるようになる。
そう聞けば、悪い話には思えなかった。

海の上に憧れていたのは、人魚姫だけではなかった。
地上と人間に目を輝かせる妹の姿が、そこにあった。
人魚姫は、その取引を承諾してしまった。

人魚姫の身体を手に入れた魔女が、初めにしたこと。
それは、人魚の王国を滅ぼすことだった。

たった一夜で、国は滅びた。
人魚姫の意識は魔女と共にありながら、止めることもできない。
ただ、同じ視界でそのすべてを見ていた。

国中の人魚は、命を失った。
……はずだった。

その夜も、あぶくは海面から、こっそりと地上の世界を眺めていた。
何も知らずに王国へ戻った彼女が見たのは、滅ぼされた故郷の姿だった。
あぶくは涙を流した。

そして、気づいた。
自分に、人間のかたちの足があることに。
魔女の約束は、たしかに果たされていたのだ。
すべての人魚に与えられるはずだった、人間になる力。
それを受け取る者は、もう彼女のほかに誰もいなかった。

一番上から五番目までの姉は、もういない。
六番目の姉は、魔女に身体を奪われたまま、意識だけで共に在り続けている。
今もその目を通して、世界を見ているのかもしれない。

あぶくの胸には、銀のロケットがある。
次の誕生日に、家族みんなの写真を撮って入れるはずだった。
故郷が滅びて、その日は来なかった。
中身は空のまま。触れられれば、家族を思い出して悲しくなる。
それでも外さないのは、忘れたくないからだ。

普段のあぶくは、人魚の尾ひれで暮らしている。
家族や故郷を想いながらロケットに手を当てて念じると、足は人間のかたちに変わる。
続くのは、一日に一時間ほど。
強く想いすぎると、意志に反して変わってしまうこともある。

その短い時間で、彼女は地上へ上がり、お人間さんと交流する。
地上で尾ひれに戻っても息はできるけれど、見つかってはいけない。
だから、こっそりと海へ帰る。
見聞きしたことは、海の仲間たちに話して聞かせる。
言葉の通じない海月の友達にも、身振り手振りで。
魔女が気まぐれに残した足は、皮肉にも、彼女の自由になった。

生きていれば、どうしようもない悲しみが突然降りかかることがある。
海の仲間が人間に食べられることも、世の理だと分かっている。
だからこそ、生きて共に過ごす時間を大切にしたいと思う。

あぶくは、いつもニコニコしている。
悲しみを知らないからではない。
知っているから、今そばにいる誰かとのお話を、何より大切にしているのだ。

自分から死ぬことはない。
危害を加えようとする者には抗う。
目の前で誰かが一方的に傷つけられそうになれば、助けようとする。

「わたくしには、まだやりたいことがたくさんありますの」

APOCRYPHAでは、尾ひれのままでも自由に動ける。
今夜もあぶくは、ニコニコと誰かの隣へやって来る。
食事は必要ないけれど、味を楽しむことはできる。
知りたいことも、話したいことも、まだまだたくさんある。

自由が大好きで、地上で生きるものたちが大好きだ。
頭のかざりを褒められれば、海月さんに似ていて可愛いですわ、と胸を張る。
けれど胸のロケットに話が及ぶと、その笑顔はほんの少しだけ静かになる。

「お人間さん、
お話を聞かせて欲しいのですわ!」

こうして、一夜で滅んだ王国の末の娘の物語は、泡のように消えることなく、今も海面へ昇り続けている。

THE BUBBLES STILL RISE BEYOND THE LAST PAGE.

泡にならなかった末の妹は、
今日も地上を見に行く。

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